みすゞうた とは

「みんなちがって、みんないい」
まだ多様性なんて言葉もない時代に、金子みすゞはそう詠いました。
小さいもの、命のないもの、そして目には見えないものにまで
やさしいまなざしを向けた数々の詩は、今もなお、
いえ、今だからこそ、私たちの心に深く染みいる。
「みすゞうた」は、そんな金子みすゞのうつくしい詩を彩り、
現代を生きる人々に紡いでいくために生まれました。
それぞれの詩からインスピレーションを受けて描かれたものは、
あなたの心まで、やさしく包みこみます。

金子みすゞについて

金子みすゞ(かねこみすず)本名、金子テル。
明治36年(1903年)山口県大津郡仙崎村(現在の山口県長門市仙崎)に生まれた。
大正12年頃(20歳の時)から詩を書き始め、
金子みすゞのペンネームで雑誌に投稿するようになる。
大正末期、すぐれた作品を発表し、
西條八十に「若き童謡詩人の中の巨星」と称賛される。
しかし、26歳の若さでこの世を去った。
没後、その作品は散逸し、幻の童謡詩人として語り継がれるだけであったが、
1982年、童謡詩人・矢崎節夫氏の長年の努力により遺稿集が見つかり甦った。
その優しさにつらぬかれた詩句の数々は、
今感動をもって、人々の心に広がり続けている。

デザインができるまで

日常の中にある風景、木や雑草、空、水、空気、生きもの、特別ではないあたりまえのもの、その中にデザインのヒントはたくさんあります。生活し思うこと、目にしたこと、それらを描き、書き留め、そして詩を眺め、金子みすゞの言葉のイメージを膨らませて行きます。
この詩にはこの絵、この絵にはこの詩、言葉と色彩が行ったり来たり。それが会話になり、思い出になり、そしてあたたかさや優しさが生まれるような世界を作っていきます。

生地ができるまで

みすゞうたのプリント生地は、紀州和歌山にある紀の川のほとりで作られています。原画を工場で捺染するまでには、様々な工程があります。自由に描かれた原画のサイズや色数を調整し、データ化、プリント型を彫刻、染料の調合などをするために各分野の技術が集まり、みすゞうたの生地は作られています。